「この本の主題は、ひとつは落語の根多である。それは江戸から明治大正にかけての民衆の生みだしたフォークロアだと言ってよい。無名の民衆が作り出し、楽しみ続けてきたものには、必ず無意識の力が動いている。精神分析家として私は、それを読み解いてみたいと思った。 そしてもうひとつの主題は、落語家という人間の生き方だ。落語家も精神分析家も単にひとつの職業にとどまらない、ひとつの生き方であるように思う。落語家という、ひとりでこの世を相手にしている生き方と精神分析家には共通しているところがある。それを前提に落語家として生きるとはどんなことなのか、そのことに少しでも迫りたいと思った」(「まえがき」より) 与太郎、若旦那、粗忽者… 落語の国の主人公たちは、なぜこんなにも生き生きとして懐かしいのか? 登場人物たちのキャラクターと病理の分析を軸に、古典落語の人間観と物語の力を解き明かす。ひとり語りのパフォーミングアート・落語が生み出す笑いと共感のダイナミズムに迫り、落語家の孤独を考える。著者はいう、屑屋の狂気も長兵衛の無私も佐平次の放縦も、私たちを励まし元気づける、いくぶん奇妙な「自我理想」なのだ、と。 観て、聴いて、演るほどまでに落語に魅せられてきた精神分析家による、渾身の落語評論。 巻末には立川談春師匠との対談「落語の国の国境をこえて」を収録。