イエズス会を創立したロヨラの同志ザビエルは、日本をへて中国をめざしたが中国を目前にして息絶えた。その志を継ぎ中国入国を果たしたイエズス会士リッチと、彼を迎え入れた徐光啓らの出会いは、まさに東西の知識人の出会いであった。そしてお互いに自分の文化をふりかえる機運を生んだ。イエズス会士がヨーロッパに伝えた中国像は、キリスト教文化や彼らの歴史観とは異なる世界であり、大きなインパクトを与えた。また一方で、一部の中国知識人は中国をしのぐ学問分野や科学技術をヨーロッパがもつことに気づいた。本書ではそうした東西文化の出会いがどのようなもので、どのような意味をもったかを検証したい。