中世において思想表現の手段はラテン語によるものであった。本シリーズは,エックハルトの思想的営為の中核ともいうべきラテン語著作を,全編にわたり平明な訳文で紹介するはじめての画期的な著作集である。 本巻では2度にわたるパリ大学教授時代の所産である註解を扱う。『創世記註解』は字義的意味を重視するが,そこで不十分であった哲学的解釈が『創世記比喩解』で展開される。「創世記」がすぐれて比喩の書であり,比喩の下に隠されている意味を解明するため比喩解は書かれた。 これらの註解ではエックハルト思想の根本問題である創造の問題が詳細に考察される。彼は最初の言葉「初めに神は天と地を造られた」に最大の哲学的関心を払った。この句が世界創成の端緒を表したものではなく,叡知的世界における超越的出来事に関わる形而上学的思惟の対象であることを明らかにする。彼の説くところによれば「無からの創造」とは,世界創成とともに時間も創造されるのであり,それ「以前」には神も存在しなかったのである。このようなエックハルトの教説は当時の教皇庁の神学者にはとうてい理解されずついに異端として葬り去られたが,500年を経て歴史の表舞台に表れた。 読者はこれらの註解をとおして「創世記」という特に問題的で重要な書に対する十全な哲学的理解を得るとともに,彼の透徹した強靱な思惟の力に驚かされるであろう。