アウシュヴィッツには、収容者で組織された音楽隊が実在していました。彼らは朝、収容者たちが強制労働に出かける時、夕方戻る時に、看守による人数の把握を容易にするために演奏させられただけでなく、求められて〈音楽好きの〉将校の宴席でも演奏しました。そのことによって音楽隊員は生存の可能性を手に入れ、戦争とナチの将校たちの実像を知る、歴史の証人となったのです。 収容所の中の友情、恋愛、いさかいや憎しみ、ナチ将校と同郷の収容者の〈奇妙な友情〉。物資の横流しによる蓄財や物々交換が拡大し、巨大なヤミ市場に変貌してゆく様子など、悲惨さを強調せず、淡々と語られる内容は、「音楽と人間に対する眼差しを一変させるであろう」事実が満載されています。五木寛之も「必読の一冊」と推薦するこの本をぜひお読みください。以下の訳者の新版への前書きは、21世紀に生きる私たちにとって、大変な重みを持って響いてきます。 《新版への訳者大久保喬樹の前書き》(抜粋) ナチとユダヤ人と音楽の関係は、いわば宿命的な三角関係ともいうべきもので、21世紀の現在にいたるまでずっとアクチュアルな緊張をはらんだ民族的、政治的、思想的問題であり続けてきた。(中略)それにはナチを生み出したドイツ民族と、その犠牲となったユダヤ民族がともに、他の諸民族には見られないような深い音楽との結びつきを民族精神の根源とするような特異な音楽的民族であるということがかかわっているだろう。なんという皮肉(アイロニー)だろうか、これほど魂の底から音楽に魅せられたふたつの民族が、まるで音楽のデーモンに引き寄せられるように戦争という非常時において出会い、激しく憎しみあいながら、同時に音楽を愛してやまない一点において結びついたというのは。(中略)宿命を縫い合わせてゆく糸となるのが音楽にほかならないのである。